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Pityman「ハミング・イン・ウォーター」に寄せて―ある家族を繊細にとらえた80分間―

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Pityman「ハミング・イン・ウォーター」公演

2018年6月23日から26日までのあいだ、新宿眼科画廊にて演劇集団Pityman(ピティーマン)の公演「ハミング・イン・ウォーター」が上演されています。

「ハミング・イン・ウォーター」は2013年「若手演出家コンクール」にて優秀賞を受賞した劇団初期の代表作で、今回は“傑作選”としてPitymanの人気作品を再演する企画のトップバッターを飾りました。

Pitymanの説明はオフィシャルサイトをご覧いただければ幸いです。今回は「ハミング・イン・ウォーター」の内容と魅力についてご紹介します。

いつもの「Reap」の記事と違って、構成も作らず書き出した“書き下ろし”のようなレビューですが、どうぞ伝わりますように。

どこにでもある家族の風景、会話が紡ぐひとつの欠落

母が癌になった。入院準備のために集った、3人の兄妹。

リビングでなにげない会話を紡ぐ3人は、どこにでもいそうだけれど、何かがぎくしゃくしている。

その違和感は、何なのか?

実家の居間、一人暮らしの小さな空間、公園。

さまざまな時間軸の中で話される彼らの会話は、それぞれ別個のようで、あるひとつのテーマへと導かれていきます。

魅力的で共感する弱さを持つ登場人物たち

“世話を焼く”ことで関わりたい姉

姉は世話焼きでしっかり者の印象があらゆる会話から滲み出ます。

高校時代には喫煙する弟をたしなめ、社会人になってからは定職に就かない妹に説教する。

そんな彼女はときおり弟の“耳のうしろ”の匂いをかぎたがったりと、五感で肌を求める瞬間が。

セックスレスのパートナーの存在に触れる会話は、彼女の一番痛いところを突くことが隠しきれません。

人を愛せない、モノを捨てたい妹

末の妹はあっけらかんと笑い、冗談を飛ばす“いいかげん”な態度が板についています。

次々と彼氏を変え、故障した家電は捨て、時には母のものまで「古いから捨てようよ」と提案。

「捨てるなんてもったいない」、「ちゃんとしてよ」と指摘する姉は、彼女にとってはかったるい存在。

実家で母と2人暮らし、自立して実家を出た兄と姉に負い目を感じている側面も。

父になることを目前に、揺れる兄

姉妹に挟まれた心優しい兄は、リビングの空気を読み、仲裁することもしばしば。

会社で知り合った先輩と交際する彼は、母の入院と同じタイミングで彼女から妊娠したことを告げられます。

自分が父になる。

それは、彼がずっと葛藤してきた“父”という存在と対峙する契機となります。

この家には、父がいない。あるいは、ずっといる。

3人の兄妹と、兄の交際相手である女性。

4人の過去がワンシーンごとに描かれることで、少しずつ明らかになるこの家庭の“事情”。

この家庭に、ある日から父はいなかった。

母は父に嫌悪感を示しながらも、意識していた。

本当は帰ってきてほしかった。でも父には別の新しい家庭がある。

実家の押し入れのなかには、今でも父の私物が大切に残されていて。

 

もういなかったことにしたい、と願う想い。

それでもいなかったことにはできない、という葛藤。

 

そして、母は死んだ。

残された3人は、ある決断を迫られます。

それは、この家庭を捨てた父に母の死を告げるかどうか、という選択です。

緊迫した空間のなかで繰り広げられる、欠落を巡る物語

限られた道具たちが、観客に“あの部屋”を語る

主要な舞台道具と言えば、テーブルとイス。そして、雑多なモノが重ねられた“押し入れ”。

最小限のモノたちは、懐かしい癖のある実家の匂いまでこみ上げるようなリビングを、社会人になりたてのころの殺風景なひとりぐらしのワンルームを、見事に私たちの目に焼き付けます。

冒頭からキーアイテムとして目を惹きつけられる父のリュックサックは、押し入れの中で異様な存在感を示しており、父の不在をこれでもかというほど切実に伝えてくるのです。

あらゆるアイテムが、あるべくしてある。空間づくりの美しさに、芝居の道具はこうあるべきなのだ、と頷くほかありません。

もはやセリフであることすら忘れる、言葉のひとつひとつ

兄妹が交わす会話は、あまりにもリアルでセリフであることすら忘れます。

異性の兄妹が故の恥じらいや、親に対する妙なライバル心、そしてどこかで働く支配欲や同族嫌悪。

奇妙な歪みが節々に感じられる言葉たちは、作者山下由の繊細な観察眼が捉えた“家族”そのものなのでしょう。

彼らに欠落したものは

“父”が不在である家族の会話劇を通じて描かれる、子どもたちに大きく欠落したものは、何なのか。

父そのものではないことは、彼ら自身も人生を紡ぐなかで気がついています。

それがないから、幸せになれないのか?

これからもずっと?

その答えは、やがて形になっていきます。

ふと思い出した風景

公演終了後、涙と化粧が混じって頬がカサカサしているのを感じつつ、ふ、と最近のできごとが脳裏に浮かびました。

年の離れた姉は、結婚直後に長男を出産し、現在は共働きで子育てをする多忙な日々を送っています。

そんな姉が、最近「実家にあった私の荷物、どこにあるの」と母に詰問するそう。

「どこだったかしら」と、探しても見つからないことに対して怒る姉。

「たいして家に帰ってこなかったじゃない」という母の返答で、彼女の問いはぱたりとなくなったと言います。

反抗期の激しかった姉は、確かに学生のころ、ほとんど実家で共に過ごした覚えがありません。

姉がみずから鍵をつけてこもっていた部屋のドアは、父が蹴り破ってから枠が歪んだまま。

幼いころ、「長い髪の毛が似合わない」と姉に言われ、気に入っていた髪の毛を泣きながらショートにしたことも。

あのころの匂い、感情。

今、年末年始に会う姉は、なんとなく最近の出来事を話し、赤ん坊と旦那さんとともに去っていく人でしかなくて。

家族って、不思議な関係だなとつくづく思う。

 

「ハミング・イン・ウォーター」が描いた80分間は、あるひとつの物語でありながら、私の“家族”を引き起こしました。

きっとあなたの“家族”も、そこにあって、大切な欠落した何かをふと思い起こす契機になるでしょう。

 

今回の公演に限らず、Pitymanの世界にご興味を持った方はぜひオフィシャルサイトをご覧ください。

個人的には公演後に販売される台本を手に取ってほしいし、音読してほしいなあ。

 

―ひとりのファンとして、Pityman「ハミング・イン・ウォーター」に寄せて。

写真提供:大口葉

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